院長ブログ
(Blog)溶連菌による細菌性膣炎に注意
新型コロナウィルスの感染法上の位置づけが5類になって以来、新たなタイプの新型コロナウィルスの流行も懸念されている上に、昨年夏以降は全国的にインフルエンザや咽頭結膜熱(プール熱)などが猛威を振るっておりました。
加えて昨年10月以降は発熱や、のどの痛みなどの症状が出るA群溶血性連鎖球菌咽頭炎:溶連菌感染症が増加しています。
A群溶血性連鎖球菌(Group A Streptococcus, GAS)による細菌性膣炎
溶連菌感染症といえば子どもが罹りやすいと言われていますが、
家族内で感染したと考えられるA群溶血性連鎖球菌:GASによる細菌性膣炎が最近多くみられます。
症状は黄色から薄褐色の薄いおりもの(膿性帯下)、外陰部掻痒感、膣外陰部痛などで、発熱や下腹部痛などはないようです。
膣培養ではGAS陽性を示しますが単独で認めることも他の菌との混合感染のこともあります。おりものの塗沫検鏡では炎症所見を認めますが、Clue cell(剥がれた膣の上皮細胞に無数の細菌が付着していること)などは認めません。
以前から、閉経期の方で同様の褐色の帯下感(おりものが茶色い)を訴えて膣培養検査で単独にGASを認める症例も散見されています。
GASが膣内に存在する場合子宮内膜細胞診を施行することにより、子宮内から骨盤内にGAS感染が広がり、重篤なGASによる敗血症性ショックをきたすことがありますので注意が必要です。
また、妊娠中や分娩前後、産褥期に溶連菌感染症により、重篤な劇症型溶血性レンサ球菌(溶連菌)感染症を引き起こし死亡する例がありますので、特に注意が必要です。
いずれも溶連菌感染症:GAS咽頭炎からの感染が一番考えられるので
手洗い、うがい、飛沫を飛ばさないようにする咳エチケットが有効です。
GAS細菌性膣炎の治療はペニシリンが第一選択です。
その他の抗生剤でも効果があります。
GASによって引き起こされる疾患を以下にまとめました。
(クリックすると各項目に直接飛ぶことができます)
①A群溶血性連鎖球菌咽頭炎:溶連菌感染症
GASによる上気道の感染症です。子どもが罹りやすい疾患として知られています。連鎖球菌は菌の侵入部位や組織によって多彩な臨床症状を呈します。よく見られる疾患としては急性咽頭炎の他、膿痂疹(のうかしん)、蜂窩織炎(ほうかしきえん):共に皮膚の感染症などがあります。
原因と感染経路:患者の咳やくしゃみなどのしぶきに含まれる細菌を吸い込むことによる飛沫感染、細菌が付着した手で口や鼻に触れることによる接触感染が感染経路です。
症状:2-5日の潜伏時期の後、急激な38度以上の発熱、咽頭発赤、苺状の舌などの症状が見られます。しばしば、吐き気、嘔吐を伴います。
熱は3-5日以内に下降し、1週間以内に改善します。
稀に重症化し、喉や舌、全身に発赤が広がる猩紅熱(しょうこうねつ)に移行することがあります。
合併症には肺炎、髄膜炎、敗血症、リウマチ熱、溶連菌感染後糸球体腎炎(post-streptococcal acute glomerulonephritis: PSA GN) などがあります。
治療:ペニシリン系の抗生剤が第一選択です。7-10日間服用します。
水分補給にも注意します。
検査:診断は病原体や抗原の検出、抗体検査によります。
②猩紅熱(しょうこうねつ)
GASの全身感染症で、かつて猩紅熱と言われた疾患で現在では医療の進歩、衛生状況の改善で激減しています。
喉に感染した溶連菌が持つ発赤毒(erythrogenic toxin)によって生じます。
2-3日の潜伏期間の後、急に咽頭痛と発熱で発症し、同時に皮診(皮膚の病変)が出現し始めます。扁桃に白色膜様物の付着があります。皮診は紅色の点状ないし、粟粒大の小丘疹で、頸部、腋窩、鼠経部などから始まり、体幹へと拡大します。
顔面では、両頬部に紅斑が見られ、口周囲は白く抜け、口角炎を伴います。
皮診は5-6日で治り始め、1週間目頃から、体幹、四肢は色素沈着、粃糠様落屑を伴います。
舌は最初先端が発赤、舌背は白苔を伴うが、経過とともに苺状舌を呈します。
診断は咽頭培養で、GASを証明します。
感染力は比較的強く、治療にはペニシリン系の抗菌薬を少なくとも10日以上、使用します。
稀に、腎機能障害を併発することがあり、長期間の経過観察が必要です。
③劇症型GAS感染症、連鎖球菌中毒性ショック症候群
典型的にはGAS咽頭扁桃腺炎から、全身の感染症に至ることが多い重篤な病態です。咽頭扁桃以外の部位からGASが感染し、同様な病態となることもあります。
症状:四肢の疼痛、腫脹、発熱に加え、血圧の低下などの敗血症性ショック状態を伴います。
発病から病態の進行が非常に急激かつ劇的で、発病後早期に軟部組織壊死、急性腎不全、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)、播種性血管内凝固症候群(DIC)、多臓器不全を引き起こしショック状態に陥ります。
予後(治療の経過、見通し):劇症型は予後不良(治療後の経過あるいは見通しが良くない、死亡したり重い後遺症の可能性がある)です。
予後不良因子として、患者側では高齢者、糖尿病、悪性疾患、腎疾患、肝疾患などの基礎疾患、ステロイドや免疫抑制剤の使用が挙げられます。
GAS側では毒素産生能が強い、Mタンパクを作る遺伝子タイプemm1型が挙げられます。
治療:ペニシリン系薬が第一選択です。劇症型が疑われる場合には毒素産生を抑制するためにクリンダマイシン併用などを考慮します。
全身管理、補液、血圧維持、呼吸管理の他、壊死性筋膜炎を合併している場合には壊死に陥った軟部組織は可及的広範囲に病巣を切除することが救命に重要です。
④リウマチ熱
GAS咽頭炎による免疫反応によって起こる炎症性の合併症です。
原因はGAS感染で体内に作られた抗体が、病原体を排除する以外、時に関節や心臓、神経などの組織を攻撃してしまい、各部に炎症を起こすことによる疾患です。
近年激減した疾患で、日本では年間数例程度の報告となっています。
5-15歳くらいの子供に多く見られます。
GAS咽頭炎を起こした極一部にしかリウマチ熱を発症しないので、発症しやすい体質があるとされています。
GAS感染から、リウマチ熱発症までの期間は2-3週間のことが多いですが数カ月のこともあります。
症状:関節炎、心臓に関する症状、神経に関する症状、発熱、皮膚症状などです。
関節の炎症では手首、足首、肘、膝の関節に発症、1つあるいは複数の関節が急に痛みます。熱を持ったり、腫れたり赤くなったり,こわばったりします。
心臓に関する症状は胸痛や心拍数の増加、心雑音が見られる場合があります。
僧房弁や大動脈弁の炎症で弁が十分閉まらなくなり、血流が逆流して心不全症状に進展した場合には、疲労感や息切れ、嘔気、嘔吐、空咳などの症状が生じます。
皮膚症状は輪状紅斑や皮下結節です。
神経系に関する症状としては不随意運動が見られることがあります。ほかの症状が消えた後に見られます。自分の意志とは関係なく手足や顔などが動き、まるで踊っているような動き方をすることから舞踏病と呼ばれています。
治療法:ペニシリン系抗生剤を使用します。
炎症を抑えるためにはアスピリンなどの抗炎症薬を使用します。心臓の炎症が強い場合にはステロイド剤を使用します。心不全症状があればそれに対する治療も行います。
また、一度リウマチ熱にかかった人は、再発を繰り返すことがあり、特に心臓の炎症が強かった人は再発により、心臓の弁の逆流(閉鎖不全)が進行して弁の手術が必要になることがありますので、注意が必要です。
⑤壊死性筋膜炎
GAS感染によって皮膚の下にある筋膜:浅層筋膜に急速に壊死が拡大する軟部組織感染症です。切ったり(切創)虫に刺されたり、注射や軽微な外傷などを契機に発症し、進行すると播種性血管内凝固症候群(DIC)、敗血症などを発症し非常に危険な状態(予後不良)となります。
急速な経過をたどるため四肢切断を余儀なくされる場合もあり、早期に広範囲の壊死組織除去(デブリーメント)が必須となります。γグロブリン大量療法なども試みられています。
⑥溶連菌感染後急性糸球体腎炎(PSAGN)
PSAGNはGASの感染後に発症する急性腎炎症候群のことです。
特定の菌株が感染することで発症すると言われています。
上気道感染症ではMタンパク血清型1,3,4,12,25,49型感染から、平均10日後、皮膚感染症ではMタンパク血清型2,49,55,57,60型感染から3週間後に浮腫や血尿、高血圧などの症状が出現します。
症状の出方には幅があり、無症候性の血尿から急性糸球体腎炎を呈するものまで様々ある。
典型例では血尿があり、たんぱく尿は軽微で、乏尿、浮腫、高血圧、急性腎不全などの症状を呈する。
予後は非常に良好で、ほとんどの症例では腎機能は正常化、もしくは軽度の腎機能障害ですみます。
しかし、成人では発症から10年以上経過してから、高血圧、持続蛋白尿、腎障害を有することがあり、注意が必要です。